狩川城跡(楯山公園)(東田川郡庄内町の史跡)史跡

狩川城跡(楯山公園)(かりかわじょうあと(たてやまこうえん))は山形県東田川郡庄内町にあります。ここは史跡です。「史跡」などとなっています。

慶長6年(1601)、荘内を支配した最上義光の命で、北館大学助利長が狩川(楯山)城の城主となりました。当時の城は、南北127m、東西91mと細長い形態でした。大手門からは清川街道を眼下に見下ろし、二の丸、三の丸も狭く背後に深山を抱える要害の地でした。元和元年(1625)、一国に一城しか許されない制度によって、狩川(楯山)城は破棄され荒れ果ててしまいましたが、大正4年(1915)、羽黒町出身の星野勇三博士の設計で大正天皇ご即位を記念する公園が造られました。大正7年(1918)、旧城主北館大学利長を奉る北舘神社をこの地に移し、吉野桜を育てる等の公園整備によって、庄内平野を見下ろす名所として知られるようになりました。(*1)

近くの住所には、狩川(214 m)があります。近くの施設やイベントには、楯山公園(18 m) があります。(2015-02-03 11:54:56時点)。
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1 施設

この施設/場所の基本情報です。市区町村都道府県のリンクから その地域のカテゴリーと種類の情報を見ることができます。

1 名称 狩川城跡(楯山公園)
2 よみ かりかわじょうあと(たてやまこうえん)
3 住所 東田川郡庄内町狩川字楯山
4 郵便番号 999-6601
5 市区町村 東田川郡庄内町
6 都道府県 山形県
7 場所の種別 史跡
8 緯度・経度 38.789567, 139.974947
9 緯度経度の精度 ORIGINAL
10 更新日付 2015-02-03 11:54:56

2 地図

住所を元にした地図

緯度・経度を元にした地図

3 オープンデータの一覧

No. 種類 カラムデータ
1 ジャンル 史跡 史跡
2 基本情報 説明 慶長6年(1601)、荘内を支配した最上義光の命で、北館大学助利長が狩川(楯山)城の城主となりました。当時の城は、南北127m、東西91mと細長い形態でした。大手門からは清川街道を眼下に見下ろし、二の丸、三の丸も狭く背後に深山を抱える要害の地でした。元和元年(1625)、一国に一城しか許されない制度によって、狩川(楯山)城は破棄され荒れ果ててしまいましたが、大正4年(1915)、羽黒町出身の星野勇三博士の設計で大正天皇ご即位を記念する公園が造られました。大正7年(1918)、旧城主北館大学利長を奉る北舘神社をこの地に移し、吉野桜を育てる等の公園整備によって、庄内平野を見下ろす名所として知られるようになりました。
3 ジャンル 大ジャンル 見る
4 中ジャンル 文化史跡
5 管理情報 情報提供元 山形県東田川郡庄内町
6 市区町村コード 6,428
7 参照番号 06428KANKO0017610
8 参照枝番 17,610
9 最終修正日時 2015-02-03 11:54:56
10 基本情報 名称(よみ) かりかわじょうあと(たてやまこうえん)
11 名称 狩川城跡(楯山公園)
12 緯度 38.8
13 経度 140.0
14 ガイド情報 電話番号 0234-42-2922
 

4 町域の一覧

No. 市区町村 町域 距離
1 東田川郡庄内町 狩川 214 m
合計:

5 近くの施設一覧

No. 名称 住所 種類
1 楯山公園 (18 m) 東田川郡庄内町狩川字楯山 公園
合計:

6 クレジット

1 名称 公共クラウドシステム | API公開サイト(サイト停止中)
2 オープンデータのページURL https://www.chiikinogennki.soumu.go.jp/k-cloud-api/search/download/
3 ファイル名 kanko_all.csv
4 更新日付 2019-07-10
5 クレジット このページは、次の著作物を改変して利用しています。公共クラウド(総務省)、観光情報、CCライセンス 表示 2.1 日本(http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/
6 ライセンス 公共クラウド利用規約(https://www.chiikinogennki.soumu.go.jp/k-cloud-api/code/

注釈

  • (*1) オープンデータの情報を引用しています。

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